契約終了時のトラブル ◇「耐震性の不足」は賃貸借契約解約の正当理由として認められるのでしょうか?

/ J-REC公認不動産コンサルタント、宅地建物取引士

近年、物件の耐震性を心配なさる大家さんが非常に増えています。

耐震性不足が気になり、できれば建て替えをしたいが現在も入居者さんがいるので難しい…と悩むケースも多いと思いますが、今回の記事をぜひ参考に色々な策を検討してみてください。

 

今回のトラブル・質問内容

 

 

貸主のXさんは、借主Yさんとの間で、店舗用不動産の賃貸借契約を締結しています。

本件の建物は、旧耐震基準に基づき設計・建築されたもので、竣工後50年以上が経過し、設備も老朽化しています。

今後起こる可能性が非常に高いといわれている大きな震災を不安に思い該当の建物の構造耐震判定を受けたところ、構造耐震判定指標が0.6を下回っており、震度5強以上の自身が発生した場合には、本件建物が大破するおそれがあるとの結果が出ました。

しかしながら、耐震補強を行うには高額な費用がかかり、このまま建物を維持したとしても採算が取れないと見込まれました。

そのため、貸主であるXさんは、借主Yさんへ早急に賃貸借契約の解約申し入れを行い、そのうえで、該当物件の建て替えをしたいと考えています。

このような場合、XさんからYさん側への申し入れは認められ、物件を明け渡してもらうことはできるのでしょうか?

 

次の目次で詳しくご説明いたします。

 

 

結論

 

 

◇一定額の立退料の支払がなされる場合は、正当事由が認められ、建物の明け渡しが認められる可能性が高いと考えられます。

 

貸主さん側から、建物賃貸借契約を解約したり、更新を拒絶したりするためには「正当事由」が必要となります。(借地借家法28条)

そして、「正当事由」の有無は、

①建物の賃貸人および賃借人が建物の使用を必要とする事情

②建物の賃貸借に関する従前の経過

③建物の利用状況及び建物の現況

④財産上の給付(いわゆる、立退料)

などの事情をもとに総合的に判断されることになります。

 

今回と同じような、建物の耐震性能を示す構造耐震判定指標が0.6を下回り、震度5強以上の地震が発生した場合には、該当の建物が中破または大破する恐れのある建物において、

◇耐震補強工事の費用が高額になるため建物を維持するのは競合する物件との観点からも推奨されないこと

◇借主が建物を使用する必要性はあるが、代替物への移転が可能であること

上記より、立退料約770万円(月額賃料の約3ヶ月分)の支払いと引き換えに「正当事由」が認められると判断した事例があります。(平成24年8月27日東京地方裁判所判決)

このことから、上記の判決を参考にすると、今回の案件においても、一定の立退料を支払うことで「正当事由」が認められ、建物の明け渡しが認められる可能性が高いと考える事ができます。

 

 

今回のようなトラブルを回避するためのアドバイス

 

 

首都直下型地震や南海トラフ地震など、大規模な地震が今後数十年以内に発生する可能性が高いとも言われ、また、2011年に発生した東日本大震災をきっかけに建物の耐震性についての関心が高まっていますが、昭和56年の建築基準法施工性改正(新耐震)が施工される前に建設された建物の場合、ほとんどの建物が現在の耐震基準を満たしていないのが実情です。

借主さんによっては、“新耐震基準を満たさない物件には入居しない”とし、新耐震基準が満たされているかどうかが物件の入居条件の1つとなることも多く、物件の貸主さんとしては震災による被害も懸念し、建物を出来る限り早い時期に建て直したいという気持ちでいることでしょう。

この点において、目次2でご紹介した裁判の判決例の通り、“建物の耐震基準が低い”という事情は「正当事由」を肯定する上で重要な要素になってきます。

しかしながら、このような事情があれば必ずしも「正当事由」が認められるわけではありません。

「正当事由」の認定においては、

・建物補強工事の可否

・建物の補強工事にかかる費用

・借主が代替物件に移転することの可否

・立退料の有無および、金額

なども大きな要素となってきます。

状況によっては「正当事由」が否定され、“貸主さんが補修義務を負うべき”とされることもありますので注意が必要です。

 

参考として、耐震性不足を含む建物の老朽化と正当事由の有無が問題となった近年の裁判例を何件かご紹介します。

 

1. 構造耐震判定指標が0.6未満、居住階によっては同指標の値が0.3未満であった建物について立退料の支払いを命ずることなく正当事由が認められました。(平成25年3月28日東京地裁立川支部判決)

※本件で立退料が不要とされたのは、借主が貸主が提示した立退料を頑なに拒み、建物の明け渡しをせず居座ったことが多く影響したものと思われます

 

2. 耐震性不足が問題となった事案ではありませんが、建物が古く、震度6強程度の規模の地震で倒壊の危険がある建物について、立退料150万円の支払いと引き換えに正当事由が認められました。(平成23年8月10日東京地裁判決)

 

3. 築45年、大きな地震があった場合に「倒壊する可能性が高い」とされた建物について、“耐震補強工事を行えば、大地震があった場合でも「一応倒壊しない」レベルまで評価が上がる”ことを理由に、正当事由を認めず、逆に貸主さんに対し建物の補強工事を実施するよう命じました。(平成22年3月17日東京地裁判決)

 

1.~3.の参考事例のように、建物が古い、もしくは大規模な地震によって倒壊する危険性が高いからといって、必ずしも正当事由が認められる訳ではないケースもあります。

そのため、耐震性不足を理由に建物の明渡しを求めたい場合は、上記の例を参考にご自身の物件において「正当事由」が認められるかどうかをしっかりと見極めながら対処を進めていただきたいと思います。

総合的な判断やセカンドオピニオンをご希望の場合は、ぜひ一度ご相談ください。