前回に続き今回も、賃貸物件の退去時に意外と多い、敷金・礼金等の返還要求に関するトラブルの事例をご紹介したいと思います。
今回のトラブル・質問内容
貸主Xさんは、借主のYさんに対し
・賃貸期間:2年
・賃料:96,000円/月額
・保証金:400,000円
・礼金:なし
といった内容で、居住用マンション1室の賃貸契約を結びました。
契約書には、保証金の返還について
「契約締結から明け渡しまでの経過年数に応じた額を保証金から控除して返還する。経過年数1年未満は控除額18万円、2年未満は21万円、‥‥・5年以上は34万円」(いわゆる、敷引特約)との記載がありました。
その後、借主のYさんは契約から1年8カ月後に中途解約し退居しましたが、“敷引特約は消費者契約法10条により無効である”と主張し、貸主Xさんが控除した保証金21万円の返還をもとめています。
それに対し、貸主Xさんは今回の該当金員に対する返還の義務はないとして争っています。
結論
◇貸主のXさんは、借主のYさんに対し、控除した保証金を返還する必要はありません
敷引特約とは、賃貸物件の明け渡しの際に、当然に敷金のうち何割かを控除し、その残額を借主に対し返還する旨の特約です。
敷引金は、貸主さん側への賃貸借契約成立に対する謝礼、賃貸物件の通常損耗などの補修費用、更新料免除の対価などといったさまざまな性質を持っているものです。
敷引特約については近年、消費者契約法10条により無効となるのではないかが争われ、下級審において「有効」「無効」の判断が分かれていました。
この点で、今回と同様のトラブルにおいて(平成23年3月24日最高裁判決)
“敷引特約は通常損耗の補修費用を借主に負担させる趣旨を含むとし、かかる補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を一定額とするのは、通常損耗などの補修の費用要否や費用の額をめぐる紛争を防止する観点から不合理とはいえない”として、敷引特約の合理性を認めました。
そして、
“敷引特約は、通常損耗などの補修費用として通常想定される額、賃料額、礼金などの授受の有無およびその額に照らし、敷引金の額が高額に過ぎる場合は、賃料額が近隣の賃料相場に比べて大幅に定額であるなどの事情がない限り、消費者契約法10条により無効となる”
と判示しました。
その上で、最高裁判所は、
“敷引金の額は、通常損耗の補修費用とし通常想定される額を大幅に超え得るとまではいえないこと、敷引金の額は賃料の2倍弱~3.5倍にとどまっていること、礼金の支払義務などがないことから、敷引金の額が高額に高すぎるとはいえず、敷引特約は消費者契約法10条により無効とはならない”
と判示しました。
よって今回のトラブルにおいても、貸主のXさんは借主Yさんに対して、契約期間に応じて控除した保証金を返還する必要はないといえます。
今回のようなトラブルを回避するためのアドバイス
目次2でご紹介したとおり、敷引特約は、敷引金の額が高額に過ぎる場合でない限り有効とされています。
この点において、前期の最高裁判決は賃貸期間2年の賃貸借契約が契約時から1年8カ月余りで中途解約された場合において、保証金は賃料の約4カ月分、敷引金は賃料の約2ヶ月分、礼金負担はなしという条件でも、敷引金の額は高額に過ぎると評価することはできないと判示しました。
同最高裁判決は、敷金の額や敷引金の額だけを基準に「無効」か「有効」かを判断しているわけではありませんが、少なくとも、預かり敷金2ヶ月につき、契約終了時に1ヶ月を償却するという内容の敷引特約であれば、多すぎる額の礼金を受領している等の特別な事情がない限り、消費者契約法10条に違反して無効となることはないと考えられます。
なお、解約まで6年余りの期間居住していた入居者さんとの間の敷引特約の有効性が問題となった別の案件において、最高裁判所“敷引金の額が賃料の3.5倍にとどまっていることから、高額に過ぎるとはいえない”とも判示しています。
(平成23年7月12日最高裁判決)
また、最高裁判決は、契約書に敷引金の額が明記されていて、退居後も敷引金が借主側に返還されないことが明確に記載されていたことも敷引特約の有効性の1つとして認めています。
このように、敷引特約が“有効である”と認められるためには、
《敷引金は返還されないこと》および、《その金額》を契約書に明記した上で、契約締結時に借主さんに対しその事についてもしっかりと説明をし、了承をとり、双方が同じ内容を理解したうえで契約を進めていくことが大切になってきます。
本件に限りませんが、契約時の「わかりやすい説明」と、特に「特約について同意を得る」といったことの積み重ねが後のトラブルを抑止するために非常に重要ですので、気に留めながら対応していただくことを強くおすすめします。