住宅が不足していた時代、家を貸してもらうお礼として入居時に大家さんに支払う謝礼がはじまりとなっている「礼金」システム。
こちらについて、入居者が居室を退居する際に大家さんに返還を求めるといったケースがあります。
そこで今回は、実際に返還の請求があった場合に大家さん側に借主さんへの返還義務があるのかどうかについてご紹介したいと思います。
今回のトラブル・質問内容
貸主のXさんと借主のYさんは、
・賃貸期間:1年
・賃料:61,000円/月額
・契約時礼金:120,000円
の条件で住居用アパートの1室の賃貸借契約を結びました。
また、契約書には特約として「契約締結後は、借主は貸主に対し、礼金の返還を求めることはできない」と記述がありました。
ところが借主のYさんは、賃貸借契約から7カ月後に中途解約を申し出、退居することになりましたが、その際に、“契約時の礼金についての特約条項は消費者契約法に違反しており無効である”と主張し、入居契約時に支払った礼金全額の返還を求めました。
そこで、貸主のXさんは礼金の返還義務はないとして、借主Yさんとの間でトラブルとなっています。
結論
◇貸主Xさんは礼金を返還する義務はありません
礼金は返還する必要がない金員として、契約時に借主から貸主側に対し支払われるものです。
民法や、借地借家法には、礼金に関する規定は特にありませんが、礼金は冒頭でもお伝えしたように、慣習上、貸主と借主との間で授受される金員といえます。
賃貸物件の契約時礼金の性質には様々なものがありますが、一般的に店舗として営業をする際の礼金は、営業利益の対価としての性質が強く、また、住居用物件として賃貸借契約を結ぶ際の礼金は、賃料の前払いまたは、貸主さんに対しての謝礼の意味合いが強いといわれています。
特に住居用物件の賃貸借契約において、今回のような礼金の支払特約について“消費者契約法10条に違反しており、無効なのではないか”が問題となり争われることが今までも発生しています。
この点で、住居用物件の賃貸借契約で授受される礼金については、一般的には賃料の前払いとしての性質を持っていますので、民法614条本文「賃料は原則後払いとする」という規定と比べ、借主側の義務を加重としているといえます。
上記より、住居用物件の礼金支払特約は「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重する消費者契約の条項」(消費者契約法10条前段)には該当しています。
しかしながら、「礼金」が契約終了時に借主側に返還されないことは一般的に知られていることであり、“賃料の前払い”としての性質を持っていますので、根拠なく変換を強制される金員とまではいえません。
また、貸主側は中途解約の場合でも礼金を返還しないことを前提に月額の賃料を設定しているため、こういった貸主が得る期待としての性質があることも尊重されるべきではないかという考えができます。
よって、契約時の礼金の金額があまりに高額すぎるといったような場合を除き、礼金支払特約は「民法第1条2項に規定する基本原則(信義則)に反して消費者の利益を一方的に害するもの」とはいえず、消費者契約法10条に違反するとはいえないでしょう。
そして、下記に今回の案件と同様のケースにおいて
【礼金は慎重の前払いの性質を有するものであることを前提に、賃料2.95カ月分の礼金は他の地域における平均礼金額との比較からしても、不当に高額に設定しているとはいえないとして、礼金支払特約は消費者契約法10条に違反せず有効である】
と判断された事例があります。 (東京地裁平成20年9月30日判決)
よって、今回の事例においても、礼金支払特約は消費者契約法10条に違反せず有効ですので、貸主Xさんは借主Yさんに対し、契約時に支払いを受けた礼金を返還する義務はないといえます。
今回のようなトラブルを回避するためのアドバイス
住居用賃貸物件における礼金支払特約は、礼金の金額があまりに高額などという事情がない限り、有効であると考えられます。
礼金の金額については、該当物件の近隣の賃貸価格相場と同等の金額で設定をすることで、礼金の金額が高額だという事を理由に“礼金支払特約が消費者契約法10条に違反し無効”と判断されるリスクを減らすことにつながりますので、礼金の金額を設定する際の参考になれば幸いです。
なお、賃貸借契約が途中で解約された場合に、礼金の一部返還返還を認めた事例もあります。
・賃貸期間:1年
・賃料:30,000円/月額
・礼金:120,000円
上記の内容の賃貸借契約が1ヶ月で中途解約された案件において、
◆借主が前払い賃料および謝礼等として礼金から控除できる金額は3万円とするのが相当であり、差額の9万円は借主に返還すべきである
と判断されています。(大阪簡易裁判所 平成23年3月18日判決)
このことから、賃貸借契約が特別早期に中途解約をされた場合に、礼金の一部返金を認めるのか等、その場合の礼金の取扱い方についても事前に検討しておくと良いかもしれませんね。
もしくは、礼金については賃貸借契約が中途解約された場合でも、返金がされないことを契約時に借主さんに対して説明し、同意書などの書面を取得しておくことも1つの方法です。
あらかじめ双方が礼金の取扱い方について納得をした上で契約をすること、中途解約などを主な理由として礼金返還にまつわるトラブルを、ある程度回避することができますので、ぜひ参考になさってください。