こちらでは、建物賃貸借契約で契約成立直前に入居予定者に一方的に入居予定をキャンセルされ、貸主側の損害賠償請求が認められた事例をもとに、比較的よく起こりがちなトラブル内容と争点、トラブルを回避するためのポイントをご紹介したいと思います。
今回のトラブルの内容・問題点
店舗用賃貸ビルの貸主さんは、入居予定者Aさんとの間で、ビルの1フロアを対象とする賃貸借契約の交渉を行いました。
そして、入居フロアはこの時点で未確定ではあったものの、入居予定者Aさんから賃貸借の申込書が提出され、貸主からは上記申込書の内容で賃貸することについての承諾書が提出されました。
その後、Aさんがセキュリティ上の問題を懸念したため、入居フロアが確定できないまま交渉期間が長期に及び5カ月程が経過しました。
この期間中、貸主さんは該当の契約対象物件について、新たな入居予定者の募集を停止し、Aさんもそういった状況であることは承知をしていました。
そんな中、貸主さんとAさんとの間で、セキュリティ上の問題を貸主さんの費用負担で解決するといった方向性で話がまとまり、その内容が記載された合意書が交わされ、・入居フロア ・賃料 といった諸々の契約条件がほぼ確定しました。
ところがその後Aさんは、賃貸借契約を締結する直前になって一方的な都合で「別の物件を借りることにしたため契約をなしにしたい」と貸主さんに申し出、貸主さんとの賃貸借契約を突然とりやめてしまいました。
そこで、貸主さんはAさんに対し、Aさんが契約締結を不当に破棄したたため、長期交渉期間中に入居予定者の募集を停止していた間に本来入るべきはずであった賃料が入らなかったため被害を被ったとする損害賠償請求をしたいと考えています。
結論
<貸主さんの被った賃料部分に対する損害賠償請求が認められる可能性が高い>
契約締結交渉が進んだものの契約が成立するまでには至らなかったケースで、交渉時のやりとりや合意内容等から、契約の締結を期待して行動をした当事者間で金銭的な損害賠償の問題となることがあります。
このような、契約締結を不当に破棄したことに対する損害賠償請求が認められるかどうかにおいては、『契約締結上の過失の理論』(※1)が大きな争点となります。
※1『契約締結上の過失の理論』とは
相手方に対し、契約が確実に成立するとの信頼・期待を与え、これによって相手が財産的な負担を伴う準備行為をした場合、交渉をした当事者に信義則上の義務違反を根拠に損害賠償責任を認める(本件でいえば、貸主側が保護される)ものです。
平成20年1月31日に東京高裁の判決では、本案件と同様の問題から損害賠償請求に発展し、以下のように判決が下りています。
(1)交渉期間が5カ月と長期に及び、その間貸主が新たな入居希望者の募集を中止し、それについてAも認識していた。
(2)また、Aが懸念していたセキュリティ上の問題についても貸主側の負担によって解消され賃貸対象フロアも確定した段階では、貸主は契約が成立することに対し強い期待を持っていたといえる。
上記より、Aに対し入居予定フロア等の契約の主要部分が確定した時点から契約破棄までの約2ヶ月半の期間の賃料相当額の損害賠償を命じました。
よって、本案件においても貸主さんは一方的に契約を破棄したAさんに対して、・入居フロア ・賃料 といった諸々の契約条件がほぼ確定した時点から契約破棄までの賃料相当額を損害賠償請求できる可能性が高いといえます。
今回のようなトラブルを回避するためのアドバイス
目次「2」でもご紹介したように、賃貸借契約の締結に至らなかった場合でも、契約交渉がある程度進んだ後に契約締結が破棄されたことによって貸主さんが損害を受けた場合には、「契約締結上の過失の理論」により貸主さんが保護されることがあります。
しかし、全案件において貸主さんが確実に保護される(損害が確実に保証される)ことが確約されているわけではありませんし、保護される場合でも、損害賠償として認定される範囲は明確ではないので注意が必要です。
こういった問題は極力起こらないことが一番望ましい形ですので、この判例があるから安心!ではなく、契約破棄による損害トラブルが起こらないよう未然に防ぐための策をとることが大切といえます。
その1例としてですが、
契約交渉がある程度固まった時点で借主から取得する“賃貸借の申込書”の書面上に、
・申込を撤回する場合は違約金として、賃料〇ケ月分をお支払いします
といった文言を記載し、了承を得ることも1つの方法として有効ではないでしょうか。
できる限り円滑・スムーズに入居者募集を進め無事契約に辿りつけるよう、ぜひ参考になさってください。
ご相談がございましたらいつでもお問合せをお待ちしております。